東京国立博物館で「古代メキシコ -マヤ、アステカ、テオティワカン」展を見てきました。
自分の常識は誰かの非常識。足元をすくわれる感覚にたびたび見舞われる、楽しい展示会です。
ある展示品の解説に「古代遺跡で発見された碑文の一部」とあったのですが、品物はどう見ても具象的な石の彫刻。この石片に「彫られているはずのテキスト」を見つけられず、あきらめて足を進めました。そうこうするうちに、この文明で記録に使われた「文」がどういうものだったかをようやく理解。
このレリーフの中央、天然ゴムを固めた丸い球技用ボールの上にあるのも「文字」です。
スペインに滅ぼされた、とよく表現される文明社会。
生粋のヨーロッパ文明の人間がこの社会に接したとき、驚きが恐怖に変わるのに時間はかからなかっただろうと想像します。
「解らない」ものに対する恐れに対処する方法はいろいろあるものの、命をかけてたどり着いた場所で情報もなく同胞は少数…となれば、とれる行動に選択肢があまりないことも容易にイメージできます。
モノとして興味深いものもたくさんありました。
このエリアでは翡翠が多用されていて、他の石の彫刻と同様に素晴らしい研磨技術で磨かれていました。
この首飾りは珍重された素材の双璧、翡翠とスポンディルス貝の組み合わせ。
人と動物と神はしばしば渾然一体となって、デフォルメされます。
コーパル(若い琥珀)を焚く香炉。いつまで眺めていても、飽きない。
ほら貝の彫刻柄も面白い。こういうパターン、古代アンデスにもあったような。
この文明が続かなかったことをとても勿体なく感じると同時に、人の行動範囲が広がるにつれ世界の「差異」は今この瞬間にも失われていることを改めて思い出しました。
「古代メキシコ -マヤ、アステカ、テオティワカン」展は東京国立博物館平成館で9月3日まで。その後福岡、大阪へ巡回するようです。
詳しくはこちらの展示会公式サイトにて。
楽しい展示会、お勧めです。
シンデレラ
ロイヤル・オペラ・ハウスのシネマで『シンデレラ』を見てきました。
これ以上の何かがあると思えないほどに素晴らしかったマリアネラ・ヌニェス。
かなり前、インタビューに答え「憧れのバレリーナはウリヤーナ・ロパートキナ」と話していてその時はちょっと意外に感じたものの、今ならロパートキナと同じく100点を通過点とする高みを目指しているのだと納得します。
新演出という話題とともに10年ぶりとなるアシュトン振付作品。
衣装や舞台といった美術要素以外にはあまり手が入っておらず(多分)、単純に笑って(ルカくんがいい!)見とれて(ハミルトンがいい!)じんわりくる、上質なエンターテイメントとして楽しめる作品でした。
オーケストラのプロコフィエフもすこぶる良くて、カーテンコールでは熱い拍手を受けていました。良い音楽でバレエを見るのは至福のときです。
写真はヌニェスのイメージにぴったり、と昨日路上で立ち止まって撮ったクチナシ。
気がつけばあと数日で夏至です。
山へ
ここ数ヶ月忙しく、時間の流れかたをリセットするべく山に囲まれた湿原へ。
エアリーで清々しい、ツルアジサイ。
佇まいが胡蝶蘭に似た、ムラサキヤシオツツジ。
「ん?」と思った花は、撮って帰ってから名前を調べられる便利な時代。
イタリア語で紫とすみれは同じく「Viola」。
大ぶりで美しい色のこんな花は「ヴィオラ」の名前が似合うような。
調べるとこのタイプは絶滅危惧種だそうですが、此処ではよく見かけました。
もちろん水芭蕉もたくさん。
例によって、皆が花だと思っている白い部分は花ではありません、という花。
見頃が終わりかけのつもりで出かけましたが、たくさん見ることができました。
雨上がりの水たまりで木切れに泥をぬりつけては軒先へ。
忙しく営巣中のイワツバメを発見しました。少し大きめの頭と白い靴下がかわいい子たちです。
夜明け前から日没後までよく働いていました。
沢からあがってくる、しっとりした冷気の気持ちよさ。
広大な自然のなかで、2本足を片方ずつ前へ出して少しずつ進むしかないと、普段考えないようなスケールで物事をとらえることがあります。
青々しく樹に栄養を送る葉も、役目を終えたらあっさり落葉し朽ちて次の命を育む土壌になるという、洗練されたシステムが新鮮に写ったり。
些末なことが些末なことを思い出したり。
そんな環境に身を置くのは、大事な時間です。感謝。
さて、うまくリフレッシュ出来ました。また次の目標へ向かって歩きます!
若林鉱物標本展
本郷の東大総合研究博物館で『若林鉱物標本』展を見てきました。
若林標本は日本の三大鉱物コレクションのうちのひとつだそうで、かつて日本中で鉱山が稼働していた時代に集められた鉱物見本が所狭しと展示されています。
展示室はこんなふう。
昨年パリの鉱物博物館でもそう思いましたが、鉱物の展示室って独特の雰囲気です。無機物なのに、動植物などとは違う時間軸で成長する鉱物。静けさのなかに生命感があります。
和菓子のようなこれは栃木県日光のカルサイト(方解石)。
島根県のアラゴナイト(霰石)。
パリで見て一目惚れしたスティブナイト(輝安鉱)。愛媛県から。格好いい!
これは閃亜鉛鉱・・・なにか聞き覚えがあると思ったら、最近作った帯留めに使っていました。
トップ写真の左のがそうです。(銀座もとじさんにてお取り扱い中)
偶然にひとの美意識に響いた地球のかけらの、どこをすくいとってどう加工するか、は研磨職人さんのセンスによります。
アテナリでは、そうやって作られた天然石のピースからデザイナーの感覚に響くものを一粒一粒選び、それぞれに合わせたデザインで一点ものの装身具に仕立てています。
ツクツクきらきら、水晶の先がほんのりパープルがかった美しいアメシストは秋田県から。
博物館の外にはごろんごろんといろいろなものが転がっていて面白い。
『東京大学・若林鉱物標本 日本の鉱山黄金時代の投影』展は9月1日まで、石好きの方にお勧めです。
優雅な異国
映画『優雅なインドの国々 バロックmeetsストリートダンス』を観てきました。
パリオペラ座が2019年、新演出で製作した『Les Indes galantes(優雅なインドの国々)』のメイキングドキュメンタリーです。
ここでの”インド”はオペラ初演の1735年当時、西欧ローカル視点で「発見」された異国の地を指します。
2019年の版は、都市の中の異国をテーマに時事問題を取り入れつつ、バックグラウンドのさまざまなストリートダンサーが参加する演出でした。
オンラインで作品を観ていたので、異色のオペラ作品の製作過程を覗けるのは面白そう!と反射的に予約したのですが、これが本当に面白かった。
指揮者レオナールさんの情熱(fou!)がコーラスに命を吹き込む様子を見ていたダンサーたちが感動して目を輝かせる場面、公演初日の様子などは今思い出しても涙が出そうです。
映画の中でレオナールさんがクラヴサンを弾きながら説明していたとおり、1735年当時は新大陸の踊りと音楽の影響を受けた作品が流行っていたそう。
2019年に同じパリで生み出された作品は、その製作過程でキャストもスタッフも観客も関わる人全てが双方向に影響しあっているように感じました。
今回の映画鑑賞はル・ストゥディオにて。
他で見る機会のない作品との出会いは本当に有り難いです。
そして、主役のサビーヌ・ドゥビエルさんの歌声はこの世で触れられる最高のもののひとつでした。