
5年ほど前のこと。
東京で漆工芸を学ぶ留学生に、中国の漆工芸品を見られる博物館はどこにあるか尋ねたところ、杭州と即答。
その時からずっと、南宋時代の都は訪れたい場所のひとつでした。

条件が揃い望み叶い、杭州の西湖にある浙江省博物館の漆器芸術館と、郊外にある分館のふたつを巡ってきました。
宋、元、明、清、とおよそ一千年のあいだに作られた漆器が主な技法やモチーフの解説とともに陳列されています。
清代のものは堆朱(数十~数百回漆を塗り重ねて厚みをつくった後、彫り込んでいく)の作品が多く、工芸品としての完成度は玉石混交で、製造された数の多さが伺えました。

これは清代の堆朱のなかでも印象的だったもの。
梅の花を象った器物に、隙間なく縁起物や立体的な梅の花が彫り込まれ、これだけ盛り込まれているのにどこも破綻せず、全体が福福しい空気に包まれています。

明代の螺鈿細工は気が遠くなるほどの緻密さ。繰り返しの文様と具象模様のくみあわせ、そのバランスが好き。

現代のようにレーザーもなく、高機能な拡大鏡もない時代、薄貝の細工とはいえこの曲面だらけの器物に、これだけの柄。貝のパーツがいったいいくつあることやら。

同じ螺鈿細工でもこちらは清代の、厚みのある貝を象嵌したもの。
厚貝螺鈿は貝の底光りと黒い漆とのコントラストが美しいです。平らな二枚貝を、このなんともいえない丸みに合わせてひとつひとつ削って、埋めて、何度も塗って、表面を平らに研いで磨いて。
出来上がったものは、ああ美し。

こちらはシンプルな、花のフォルムの皿。タイトルにはハナカイドウ型、とありました。
極薄でひかえめな形は宋代のもの。同時期の陶器と同じく、成熟して洗練されたライフスタイルがうかがえます。

これも宋代、このタイプは日本では見かけないと思うのですがどうでしょう。
製法は琉球漆器の堆錦餅と同じ原理のようなのですが、地模様に金彩があったり、小さな真珠が埋め込まれていて繊細な佇まい。
西方の美意識が香りたつようで、経典入れというのが納得。

同じく宋代、描金の経典入れ。
描金技法は漆で絵を描き、金粉か金箔を乗せたもの。シンプルな技法ですがこんなふうに細かなパターンの表現には適していますね。
日本で蒔絵技法の基本が固まったのは同時期にあたる平安時代。
この時期が中国の金を用いた漆工芸と日本独自の蒔絵技法との分岐点になるのでしょう。日本では、当時おそらく豊富にあった純金を駆使したさまざまな表現が独自に発展し、現代も残る蒔絵技法に繋がっていきます。

あぁ面白かった、と外へ出ると満開の藤が一株。

浙江省博物館のある西湖のほとりはこんなふう。
写っていませんが清明節の折でもあり、大変な数の国内観光客が楽しんでいました。

柳に桜、は「源氏物語」の中で光源氏の佇まいを褒めて例えた取り合わせ。
新緑と花々が華やかで佳い眺めです。
杭州には漆器の他にもシルク、扇、傘、など絶対面白いに違いない博物館がいくつもあり、また機会をつくって訪ねてみたい場所です。